東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1801号 判決 1974年5月30日
控訴人
山形進
右代理人
赤津三郎
被控訴人
仲田進
右代理人
瓦葺隆彦
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金七拾五万円およびうち金六拾万円に対する昭和四拾五年九月弐日以降右金員完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
三、この判決は控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一控訴人が昭和四三年四月三〇日訴外株式会社高野商事(以下訴外会社という。)の取締役になつたことおよび控訴人が同年六月頃訴外会社に対して金一〇〇万円を交付したことは、当事者間に争いがない。
二控訴人は、訴外会社に対し右金一〇〇万円を賃付けたものであるところ、昭和四五年九月一日訴外会社との間において、右金一〇〇万円のうち金六〇万円を目的として準消費貸借契約を締結し、被控訴人は訴外会社の右債務を保証した旨主張するので、この点について判断する。
<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
被控訴人は訴外中沢要一および同榎戸忠市とともに昭和四三年二月一四日株式会社高野商事を設立し、食糧品、衣料および雑貨の販売業を営んでいたが、右中沢および榎戸は、殆んど訴外会社の経営に関与することなく、被控訴人がこれに当つていたところ、同年四月頃榎戸が訴外会社の取締役を辞任するに当り、同人および被控訴人の要請により、控訴人が新たに訴外会社取締役に就任することとなり、同年四月三〇日その旨の登記がなされたのであるが、控訴人も殆んど訴外会社の経営に関与せず、引続き被控訴人がこれに当つてきたこと、然し訴外会社の経営が次第に苦しくなつて行つたため、控訴人は同年六月頃被控訴人の求めに応じて訴外会社に対し金一〇〇万円を利息日歩二銭五厘で弁済期の定めなく貸与し、同会社はこれを営業資金として使用したが、依然として同会社の業績は好転することなく、遂に同会社は同年九月頃店舗を閉鎖し同年一〇月頃には従業員も解雇し、事実上消滅するに至つたのであるが、これより先同年八月末頃、控訴人は被控訴人に対し訴外会社取締役の辞任を申出たところから、控訴人と被控訴人との間において、前記金一〇〇万円が控訴人の訴外会社に対する貸付金であるが出資金であるかにつき争が生じ、結局同年九月一日、控訴人と訴外会社の代表者としての被控訴人との間において、右金一〇〇万円のうち金六〇万円を元金とし、弁済期昭和四五年九月一日、弁済期までの利息合計金一五万円とする準消費貸借が成立し、かつ、被控訴人は個人として訴外会社の右債務につき保証をしたこと、およそ以上の事実が認められる。<証拠判断省略>
三被控訴人は、控訴人と訴外会社との間における金一〇〇万円の金銭消費貸借および右に認定した金六〇万円の準消費貸借は、いずれも商法第二六五条に規定する会社と取締役間の取引に該当するところ、右各取引については訴外会社取締役会の承認を得ていないので無効であり、従つて被控訴人の保証債務も存在しない旨主張する。然しながら、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社は、登記簿上昭和四三年二月一四日に設立された株式会社であるが、その財産的基礎は、設立に当つて訴外中沢要一および同榎戸忠市が各金一〇〇万円を出資したほかはすべて被控訴人の出資に依存しており、その経営についても、当初右中沢および榎戸が取締役に就任したが間もなく辞任し、これに代つて控訴人が取締役に就任したものの、営業の実権は設立以来代表取締役であつた被控訴人がこれを掌握しており、同人の妻訴外仲田サタも当初は監査役に、後に取締役の一員となつたが、これまた名目だけであり、また株券も発行されておらず、株主総会或は取締役会も実際上開催されたことはなく、単に書類上議事録が作成されるにとどまり、諸事すべて専ら被控訴人の個人的判断に基いて処理されているという状況であつたことが認められる。<証拠判断省略>
右認定の事実によれば、訴外会社は形式上株式会社ではあるが、その実質は被控訴人の個人企業に外ならないのであつて、さきに認定したとおりの経過で成立した控訴人と訴外会社間の金一〇〇万円の消費貸借および金六六〇万円の準消費貸借につき、商法第二六五条の規定を根拠としてこれを無効とする被控訴人の主張は、信義則上許されないものといわなければならない。さらに、<証拠>によれば、前認定の準消費貸借が成立した昭和四三年九月一日当時(控訴人が訴外会社に金一〇〇万円を貸付けた同年六月当時も同様である。)における訴外会社の取締役は、被控訴人、同人妻仲田サタおよび控訴人の三名であつたところ、被控訴人と控訴人が立会の上で右準消費貸借契約が締結されたことが明らかであつて、被控訴人の妻サタが右契約締結に反対する特段の事情があつたとも認められないので、右契約締結については実質上訴外会社取締役会の承認があつたとも言うことができないわけではなく、いずれにしても被控訴人の前記主張はこれを採用することができない。
してみれば控訴人の本訴請求は、金七五万円およびうち金六〇万円に対する昭和四五年九月二日以降右完済が至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。
四よつて、右と結論を異にする原判決は一部不当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項および第三八六条の規定によつて原判決を変更すべく訴訟費用の負担につき同法第九六条および第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を適用し、主文のとおり判決する。(平賀健太 安達昌彦 後藤文彦)